馬鹿と天才は紙一重
馬鹿と天才は紙一重ってことわざ?だと思うんですけど、あるじゃないですか。
それの馬鹿と天才の共通点と違いってなんなんだろうっておもって考えてたら、
今日ちょっと思いついたことがあったので書きたいと思います。
共通点
明らかに共通しているのは普通=常識ではないということですね。
逆に普通であれば、常識と同じような考えであれば、馬鹿とも、天才とも呼ばれないでしょうからね。
あと、これは人にもよると思うんですけど、(普通や常識では考えられない)なにかに熱中することもそうなのかなと思います。
違い
紙一重とは言っても圧倒的な違いがあると思います。
馬鹿な人は常識と違うことに熱中するとはいっても勉強とかがあまりしたくないだけで、なんとなくやっている。そんな感じだと思います。なのでとても中途半端になってしまい、勉強もしないため勉強もできず、他のこともあまりできない
よって馬鹿と呼ばれるようになってしまうのではないかな?と思います。
対して天才と呼ばれる人たちは熱中したらその寝中したことに対して脇目も振らずに一直線ひたすらやり続け、極めつづけ、最終的に大成功を収める。
こんな感じではないかな?と思いました。
あと、エジソンの名言に「天才とは1%のひらめきと99%の努力」というものがありますが、もしかしたら天才の人たちは、熱中しすぎて努力しているとはおもわず、
99%積み上げ、ふとした瞬間に1%ひらめいているのかもしれないなと思いました。
天才になろうと思ったら
天才になりたーいって思っている人っていると思うんです(笑)
そんな人でも天才になれる方法があると思います。
ひたすら熱中して、徹底的にそのことを知り尽くすことだと僕は思います。
それはなんでもいいんだと思います。本当に、本気で熱中できることなのであれば。
ただ、それを中途半端にやるのではなくて、極める。ここが重要だと思います。
それができない人は馬鹿と呼ばれる部類に入っていくと僕は思います。
もし勉強しないで別のことをやろう!と思ったら、それでもいいけれど、
熱中できるかどうか、極めきれるのかどうか。それでどっちに転ぶか。
よって馬鹿と天才は紙一重なんだろうなって思います。
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